金座・銀座・造幣局<貨幣の鋳造・造幣所>

貨幣の鋳造・造幣所について

銀座(ぎんざ)とは?

「銀座」とは、中近世の日本の政権において貨幣の鋳造および銀地金(ぎんじがね)の買売を担った場所に与えられた呼称です。主に徳川家康の開いた江戸幕府の銀座が知られています。

銀座は、豊臣秀吉が銀貨の統一に向けて堺・京都の銀吹屋(かねふきや)20人を集めて、大阪に「常是座(じょうぜざ)」を設けたことが始まりです。

銀吹屋とは、銀地金の売買および精錬などを手掛ける人のことで、銀屋(かなや/かねや)と呼ばれることもあります。

ちなみにこの銀座は、東京にある銀座の地名の由来にもなっています。

金座(きんざ)とは?

「金座」とは、江戸幕府において、金貨鋳造あるいは鑑定・検印を行った場所・組織のことをいいます。

文禄4年(1595年)徳川家康が京都の金匠「後藤庄三郎光次」に銘じて江戸で小判を鋳造させたことに始まります。金匠(きんしょう)とは、金属を細工する職人のことです。

ちなみに、東京都中央区にある「日本銀行」は、「金座」の跡地にあります。

貨幣司(かへいし)とは?<銀座・金座の接収>

「貨幣司」とは、財政をつかさどる会計官のなかに設置された貨幣発行機関のことです。

慶応4年4月24日(1868年5月16日)、明治新政府は金座および銀座を接収し、同年閏4月21日(1868年6月11日)に設立されました。

貨幣司は、旧金座・銀座で二分判および一分銀などを鋳造していましたが、明治2年2月5日(1869年3月17日)に廃止されました。

和暦と西暦で日付が違う理由

和暦は旧暦(天保暦・太陰太陽暦)、西暦は新暦(太陽暦)をもとに日付を記載しています。

旧暦と新暦では、閏年(うるうどし)の考え方に違いがあるため、日付にずれが生じます。

  • 新暦(太陽暦)
    • 平年・・・1ヶ月が30日または31日(2月のみ28日)で、1年365日
    • 閏年・・・約4年に1度(400年に97回)、2月に「閏日」が入り、1年366日
  • 旧暦(太陰太陽暦)
    • 平年・・・1ヶ月が29日または30日で、1年約354日
    • 閏年・・・約3年に1度(19年に7回)、「閏月」が入り、1年13ヶ月で約384日

貨幣司の説明にある慶応4年は閏年で、4月と5月の間に閏4月がありました。

旧暦は、明治5年12月2日(1872年12月31日)まで使用されており、その翌日より、明治6年(1873年)1月1日として新暦に統一されました。

造幣局(ぞうへいきょく)とは?

「造幣局」とは、硬貨の製造をはじめ、勲章・褒章及び金属工芸品等の製造などを行う日本の行政執行法人です。

明治2年2月5日(1869年3月17日)に貨幣司が廃止され、太政官(だじょうかん)に設けられました。太政官は明治前期の最高官庁のことです。

明治2年7月8日(1869年8月15日)、造幣局は「造幣寮(ぞうへいりょう)」と改称され、大蔵省の所属となりましたが、明治10年(1877年)1月11日に造幣局へ改称されています。

平成15年(2003年)4月1日に独立行政法人化されました。

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